エデンの北から

京都洛北便り 古典文学で日々を楽しむ

梶の葉に書く願い事は~七夕の歌と平家物語

雨はやまない。

やまないどころか、大雨洪水警報、近所では 避難指示も出た。

七夕の歌をつづける。

 

七夕の門わたる船の梶の葉にいく秋書きつ露のたまづさ

 たなばたの とわたるふねの かぢのはに

 いくあきかきつ つゆのたまづさ

  藤原俊成(ふじわらとしなり(しゅんぜい))

    新古今和歌集 秋上 320

 

  彦星、あなたが天の川の門(と)をわたる

  梶をこぎながらわたる

  わたしは梶の葉に

  幾秋も幾秋も書きつづけた

  露の玉のように、はかない手紙を

  あなたに逢いたいと願う手紙を

   

 織女星の立場で詠まれた歌。本来は七夕(たなばた)は、たなばたつめ=織女星のことであるが、ここでは織女星に会おうとして船をこぐ彦星のこと。


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       梶の葉 


上の俊成の歌には本歌がある。

天の川門渡る舟の梶の葉に思ふことをも書きつくるかな

 あまのかわ とわたるふねの かじのはに 

 おもふことをも かきつくるかな

   上総乳母(かずさのめのと)後拾遺和歌集 秋上

 

梶の葉に墨で願い事などを書く習慣は平安時代からあったらしい。

梶の葉と七夕についての文が平家物語にもある。

 

平家物語 巻二 「祇王

白拍子祇王妓女姉妹は、佛御前に清盛の寵愛を奪われ、母と三人で嵯峨の奥に庵を結び、念仏三昧の生活を送る。

かくて春過ぎ夏たけぬ。秋の初風吹きぬれば、星合(ほしあひ)の空を眺めつゝ、天(あま)の戸渡る梶の葉に、思ふこと書く頃なれや。

 (現代語訳)このようにして、春が過ぎ夏も終わっていった。秋の初風が吹く頃となって、星合の空を眺めつつ、古歌にも読まれた天の戸を渡る舟の梶にちなみ、梶の葉に願い事を書く七夕の頃であったろうか…

 

この後、庵の戸を叩くものがあり、それは尼姿になった佛御前だった。わずか17才で栄華のむなしさを悟った佛御前は、祇王たちと共に念仏三昧の生活に入る。

 平家物語のなかでも大変有名な場面で、嵯峨の祇王寺の寺号はこの話に由来する。祇王寺の仏間には4人の像があり、庭には供養塔がある。(清盛の供養塔もあるのだが、他の4人はあの世でどう思ってるのだろう…)

 

祇王たちが梶の葉に願い事を書いたとすれば、極楽往生を願うことだけだったろう。それは悲しいことだ。しかし権力者の気まぐれに翻弄されることから逃れ、女たちで身を寄せあって、矜持をもって生きることができた、ともいえる。

 

雨の七夕

七夕に降る雨のことを「催涙雨(さいるいう)」というのだそうだ。織女星、彦星が会えなくて流す涙。

雨が降ってもカササギ達が羽で橋をつくってくれるから大丈夫!!という伝説もあるらしい。

が、今日の雨だとカササギ達も流されてしまいそうだ。

 

星たちは今年はやはり逢えない…のだろうか?