エデンの北から

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周防柳「身もこがれつつ  小倉山の百人一首」~定家、後鳥羽院、家隆…歌に生きた人たち

「身もこがれつつ: 小倉山の百人一首」周防柳(すおうやなぎ)著 

   中央公論新社 2021年7月10日初版

 

藤原定家を主人公とした小説

小倉百人一首は定家の晩年に、宇都宮蓮生(定家の息子為家の舅)の山荘を飾る色紙和歌として選ばれたとされる。その原型とされる「百人秀歌」を含め、内容や成立について未だに多くの謎があるようだ。

百首の歌は、なぜ、どのように選ばれたのか、そこに至るまでの定家の生涯が語られる。和歌の修行、後鳥羽院との出会い、新古今和歌集撰集、承久の乱とその後…。

 

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この小説の面白さは、まず、定家や後鳥羽院などの人物像、人間関係が史実を押さえながらも、小説ならではの大胆さでユーモラスに描かれていること。

軽いタッチで書かれているが歌や人物の解釈、確かにこんなのもありかもと思った。

 

天才歌人藤原定家は、華麗で優艶な恋歌と、小心で生真面目な性格や世俗的な私生活とのギャップが面白い人だ。

後鳥羽院鎌倉幕府に対抗して承久の乱を起こし、配流先の隠岐で生涯を終えた。文武両道、才能豊かな人でしかも多くの矛盾を抱えた人だった。彼らのことを書いた評伝は多いけれど、小説は少ない、と思う。しかもエンターテイメント的なものは。

なので、この小説を見つけたときはとても嬉しかった。

三人目の主要人物 藤原家隆は、定家と並ぶ優れた歌人でありながらその生涯があまり話題にされない歌人だ。No.2の悲しさというか…。しかしこの小説ではしっかりと格好よい…。

定家を師と仰いでいた悲劇の将軍・源実朝、定家の姉・健御前などの脇役達も個性的。

 

そしてこの小説のもうひとつの主役は、歌つまり和歌だ。

歴史小説は一般に戦いや政治が描かれることが多い。歌に生きた人たちはそれに比べてもうひとつ地味というか、ドラマになりにくいと思っていた。

現代の私たちは和歌を、「文化」であり、政治とは別物ととらえがちだが、少なくとも後鳥羽院や定家の時代まで、歌は政治の要であり、勅撰和歌集編纂は国家事業だった。そして武家に押されて力を失っていく朝廷や貴族達の最後の拠り所であったのだ。

歌こそが人生。定家、家隆、後鳥羽院、形は違うが三人にとってはそうだった。

もちろん要所要所で百人一首の歌が出てくる。

本邦初?の歌留多大会?の場面も。

 

主要登場人物3人の百人一首の歌はいずれもこの小説の内容と深くかかわっている。

来ぬ人をまつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の身もこがれつつ 

                     定家

風そよぐ楢の小川の夕暮れは禊ぞ夏のしるしなりける 

                     家隆 

人をもし人をも恨めしあじきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は 

                     後鳥羽院

題名にもなっている「身もこがれつつ」の相手は誰か…これこそが、この小説ならでは…。

 

周防柳さんの小説ははじめて読んだ。

古典を題材にした本をたくさん書かれているようだ。

蘇我の娘の古事記」(2017年刊行、同年「本の雑誌」エンターテイメントベスト10第1位)、「高天原」等も読んでみたいと思う。